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2006年9月13日 (水曜日)

韓国語の「-아/어 보다」と日本語の「~してみる」

昨日のNHKラジオハングル講座で

「안동에 간 적이 있어요?」でもOKですが、「안동에 가 본 적이 있어요?」としたほうがより自然な感じがします。

ということを小倉先生がおっしゃっていました。(P.32)
 

そのときに、[今日のドリル]のⅡの①で、

그 사람을 잊은 적이 없어요. 彼を忘れたことがありません。

ができるなら、

그 사람을 잊어 본 적이 없어요. 彼を忘れてみたことがありません。

と言うのだろうか、というげんこつさんの質問に対し、日本語で「忘れてみた」というのは変だと思い、即決で言えないと答えました。しかし、

「彼を忘れようとしたことはありません。」

と訳せば、問題ないなということで、

그 사람을 잊어 본 적이 없어요.

もOKだと思いました。(昨日までの結論)
 

しかし今日、もう一度考えてみたのですが、「彼を忘れようとしたことはありません。」と訳してしまうと「忘れよう」という意思になるわけです。-아/어 보다は試行の意味です。これはちょっとおかしいなということで、

? 그 사람을 잊어 본 적이 없어요.

としました。

そこで、どういった動詞に-아/어 보다が付くのかを考えた結果、

「無意思動詞には-아/어 보다「~(し)てみる」が付かない」

でした。無意思動詞とは

自然現象など非情物の動き・状態をあらわす動詞(例:ながれる・ひかる,こおる,とける,など)の他に人間の動作でも・生理的な現象(例:しびれる・いたむ,むせる,など)やある種の心理的な現象(例:あきる,このむ・こりる,など)をあらわす動詞や,可能動詞(例:およげる,うかる,たすかる・など)

『「日本語の動詞に関する一考察」吉川武時』から

です。そこで「忘れる」が意志動詞なのか無意思動詞なのかという話が続いてきます。意識的に忘れることはできず、自然と忘れるものなので、「無意思動詞」ではないか。
 

しかし、検索を使ってみると(こちら)、잊어 본 적이 있어요/없어요 と使われてたりもしますし、[今日のドリル]Ⅱの②

그렇게 느껴 본 적은 없어요.
そういうふうに感じたことはありません。

と書いてあります。そこから考えると、韓国語の「-아/어 보다」と日本語の「~(し)てみる」とはちょっと違うのかなぁという気がします。「보다→見る→みる」と思って、「~(し)てみる」と似ている、同じと思うのがいけないのかもしれません。

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韓国語の学習」カテゴリの記事

コメント

いつも、ありがとうございます、たくさん調べて下さったんですね。無意志動詞なんて、初めて知りました。
日本語の会話の中でも、「彼のこと、忘れようとしてみたんだけど・・・。」なんていう言い方は実際にありますよね。
今日のドリルⅡでは、①②③のどんな部分の差で 아/어본 の必要・不必要が決まるのか根拠が解らなくて。韓国人の友人はいますが、こんな込み入ったことは、電話でもメールでも質問できる能力がまだありません。最初は簡単でしたが、どんどん理解できないことが増えてきました。こらからもいろいろ教えて下さい、ありがとうございました。 

投稿: げんこつ | 2006年9月14日 (木曜日) 午後 03時03分

ぱっきーさん&げんこつさん、今日は♪

「~してみる」という意味の「-아/어 보다」。
昨年度の『NHKテレビ ハングル講座』のテキスト8月号のP.65に、
次のようなときに使うって載っていました。

1.相手に何かを勧めるときや質問するとき
2.話し手の意見を述べるときや体験を言うとき
3.婉曲表現として使うとき

となると、げんこつさんが疑問に思っている文は、
2番の話し手の体験が当てはまりそうな気もしますけどね・・・。(o〃_ _ )oうぅ・・・ん

投稿: コン | 2006年9月14日 (木曜日) 午後 04時57分

ぱっきーさん、みなさん、こんにちは!

ラジオ講座で勉強していない人間が横から割り込むのは大変無礼なのですが、気になったのと興味を持ったので書き込ませていただきました。

1.「~しようと(する)」は、単純に「Ⅱ-려고」と考えておりました。
2.싶다:「人のこころ(要求・願望)」を表す。
3.「Ⅱ-ㄴ 적이 있다(없다)」は「~したことがある(ない):経験」を表す。

今回の場合、これらを併せて使ってみると、このようなハングル作文が出来上がると思います。

그 사람을 잊으려고 싶은적이 없습니다.
(彼を忘れようと思ったことはありません。)

う~ん、改めて考えてみると難しいですね。時間がある時にもう一度、ぱっきーさんの記事をじっくり読んでみます。

投稿: ミジ | 2006年9月14日 (木曜日) 午後 05時34分

げんこつさん、こんばんは。いつもありがとうございます。

いろいろと考えてみました。ただこれが正しいと言えないのがまだまだ自分の未熟なところです。実際に韓国語の先生に聞けるのであればいいのですが、独学なのでそれもできずといったところです。

これからもよろしくお願いします。疑問を一緒に考えて、がんばりましょう。

投稿: ぱっきー | 2006年9月14日 (木曜日) 午後 09時36分

コンさん、こんばんは。

調べてくださってありがとうございます。
体験かぁ・・・。自分で混乱してきました。また考えさせてください。

投稿: ぱっきー | 2006年9月14日 (木曜日) 午後 09時47分

ミジさん、こんばんは。

考えていただき、ありがとうございます。
気になさらずに自由に書き込んでもらって結構ですよ。

投稿: ぱっきー | 2006年9月14日 (木曜日) 午後 10時08分

ぱっきーさん、みなさん、今日は♪

あれからこのスレッドの文章を何度も読み返してみました。
そしたら、先程、あることを思い出したんです。( ゚д゚)ハッ!
それは、「無意思動詞って、高校で英文法を習ったときに出てきたなぁ~。」って・・・。
そこで、早速、我が家の本棚の奥に眠っていた高校の英文法の教科書を取り出し、
無意思動詞が載っているところを探しました。
その結果・・・見つけることができました。ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ
では、それにはどのように書かれていたかというと、次のような感じです。

ふつう、「無意志の状態」を表す動詞は、進行形にはならない。
ただし、たまたま「一時的な有意志の状態・動作」を表す場合には、進行形となりうる。

ということは、これをハングルに置き換えてみると、
「無意志の状態」ならば、「~してみる」を付ける必要はない、
それに対して、「一時的な有意志の状態」ならば、「~してみる」を付けてもいい、ということが言えそうです。
さて、そこで「彼を忘れたことがありません。」という文を見てみることにしましょう。
「忘れる」という行為は、「常に無意志の状態」にあるんでしょうか?
それとも「一時的な有意志の状態」にあるんでしょうか?
それによって、ハングルの文が変わってくると言えそうです。
う~ん!? 私は、「忘れる」というのは、「無意志の状態」にあると思うので、
げんこつさんには申し訳ないんですが、ぱっきーさんの説に一票を投じます。

投稿: コン | 2006年9月15日 (金曜日) 午後 04時00分

コンさん、こんばんは。

引き続き考えてくださり、ありがとうございます。
英文法からヒントを得ることもありそうですね。自分も英文法の本をいろいろ持っているので、もう一度見直そうと思います。

難しいですよね。

投稿: ぱっきー | 2006年9月15日 (金曜日) 午後 09時32分

ぱっきーさん、今日は♪

はい、まさか英文法からヒントを得るとは思ってもみませんでした。

ところで、昨日書いた無意思動詞は、正しくは無意志動詞ですよね!?
間違ってしまって申し訳ありませんでした。m(_ _)m

投稿: コン | 2006年9月16日 (土曜日) 午前 10時45分

コンさん、こんにちは。

すみません。違いが分からなかったので調べてみました。
日本語も難しいですね。

--------------------------------------------
「意志」は「意志を貫く」「意志の強い人」「意志薄弱」など、何かをしよう、したいという気持ちを表す場合に用いられる。哲学・心理学用語としては「意志」を用いることが多い。◇「意思」は、「双方の意思を汲(く)む」「家族の意思を尊重する」など、思い・考えの意味に重点を置いた場合に用いられる。法律用語としては「意思」を用いることが多い。◇「意志(意思)の疎通を欠く」「意志(意思)表示」などは、話し手の意識によって使い分けられることもある。

投稿: ぱっきー | 2006年9月16日 (土曜日) 午後 01時35分

ぱっきーさん、みなさん、こんにちは!

ぱっきーさんの記事を読み直してみたのですが、混乱してしまいました。ごめんなさい。とても難しい問題ですね。私なりに、次のように考えてみました。


現在時制
ハングルの「Ⅱ-ㄴ 적이 있다(없다)」は、英語では「現在完了形(経験)」に該当すると思うので次のように表現できると思います。

彼を忘れようと思ったことはありません。
I have never tried to forget about him.

しかし、「忘れる」という行為は「時間的持続性」がある行為と考えられるので、「単純現在形」でも表現できると思います。
I don’t forget about him.

「決して忘れない」と「意志」をはっきりと表現したい場合は、“will”の否定形である“won’t”を使って、表現することも可能です。
I won’t forget about him.


日本語では・・・(調べましたっ)
「忘れる」という行為は、「意志動詞」或いは「無意志動詞」の両方に使われるようです。
嫌なことは早く忘れよう。            (意志動詞)
スペイン語会話を見るのを忘れてしまった。(無意志動詞)

余談になりますが先週、スペイン語会話を見るのを忘れてしまったのですよ~(泣)火曜日の朝に見ようと思っていたら、10分遅刻してしまいました。肝心のところを見逃しました。


가다・가보다
小倉先生がおっしゃりたいのは、ハングルで“経験”を表現する時、“가다”(行く)を使うより“가보다”(行ってみる)を使った方が“やわらかい表現”になること、じゃないかな??

ことばの勉強って難しいですね。また、考えてみます。

投稿: ミジ | 2006年9月20日 (水曜日) 午後 01時00分

ミジさん、こんばんは。

またまたありがとうございます。
英語は正しいと思います。

>「忘れる」という行為は、「意志動詞」或いは「無意志動詞」の両方に使われるようです。

「忘れる」はちょっと特殊なのかもしれません。

スペイン語は人数が減ってましたね。男性が1人だけでした。よくみんながんばったと思います。

>小倉先生がおっしゃりたいのは、ハングルで“経験”を表現する時、“가다”(行く)を使うより“가보다”(行ってみる)を使った方が“やわらかい表現”になること、じゃないかな??

はい、そうです。ただ全ての動詞に보다を付けることができるかという話になって今まで議論してきました。

なかなか難しいですね。

投稿: ぱっきー | 2006年9月20日 (水曜日) 午後 08時08分

小生の意志動詞に言及してくださってありがとうございます。

「~ようとする」と「~てみる」は違うのだが、
(忘れようとする<>*忘れてみる)
英語でともに try to ~ で訳すことがあるので、
なにか混同したのだろうと思います。

 
                                                   

投稿: 吉川武時 | 2006年9月21日 (木曜日) 午後 12時35分

吉川武時先生、はじめまして。

先生のような方からコメントをいただけるなんて、夢のようです。本当にありがとうございます。

先生の「日本語文法入門」で勉強してます。また先生のHPを何度も拝見させてもらってます。今後もいろいろと日本語の勉強をさせてください。

投稿: ぱっきー | 2006年9月21日 (木曜日) 午後 09時06分

ぱっきーさん、みなさん、今日は♪

そういえば、「-아/어 보다」が出てきた日の〔今日の発音〕で、
「韓国俳優に会ったことがあります。」っていう文もありましたが、
その文は、「-아/어 보다」は使っていませんでしたよね!?
この場合、「韓国俳優に会った」という行為は、
自分の意志には関係なく、偶然性が高いなかで得たというのが強いがために、
「-아/어 보다」は使わなかったと言えると思います。

ということは、これまでの話を総合すると、
「-아/어 보다」を使うか使わないかは、その文の主が意志的に行ったものなのか無意志的だったのかで決まる、
もしくは、自分の意志とは関係ないところで偶然的に生まれたかどうかで決まる、
その2つを考えてっていうことが言えそうですね。

投稿: コン | 2006年9月22日 (金曜日) 午後 04時44分

コンさん、こんばんは。

おーそうですね。そう言えると思います。

ただ아/어 보다を使えないことはないと思います。意味は変わります。

영화배우를 만나 본 적이 있어요.
映画俳優に会おうとしたことがあります。(→しかし会えなかった。)

難しいですね。

投稿: ぱっきー | 2006年9月22日 (金曜日) 午後 09時53分

ぱっきーさん、今日は♪

後から気が付いたんですが・・・。
「○○様ツアー」とか「○○様ファンミーティング」で、
韓国俳優と会うことが約束されているって場合もありますし・・・。
そうなると、そのときの自分の意志の有無と、そのときの状態が必然性だったか偶然性だったか、
その2つから4パターンを考えた上で、「아/어 보다」を使うか使わないかが生まれるってことになりますね。

投稿: コン | 2006年9月23日 (土曜日) 午前 11時07分

コンさん、こんばんは。

そうですね。ただ難しく感じるようでしたら、적の前に아/어본を付けても全く間違いではないと思います。韓国人に聞いてもそこまで分からないはずです。
意志動詞か無意志動詞かは上のリンク先のHPをしっかりと読んでみると分かりますよ。

投稿: ぱっきー | 2006年9月23日 (土曜日) 午後 02時48分

ぱっきーさん、みなさん、こんにちは!

最近ネットを通じて知り合った「韓国語に詳しい」方に質問をしてみたところ、このような回答を得ることができました。その方の回答を引用させていただきます。

→いただいた回答から(私のことばに書き直しています。)
韓国語では、「Ⅱ-ㄴ 적이 있다(없다)」の前に「Ⅲ-보다」がつくことが、日本語の「~してみる」より多いようですが、「全ての動詞にはつかない」そうです。

「Ⅲ-보다」は「試行の意味」があるので意志動詞にしかつかない。文法的には全ての意志動詞につくことができるのではないか、とのこと。(意志動詞というのは命令形を作れる動詞のこと。)「만나다」に「Ⅲ-보다」をつけて「만나 본 적이 있다(없다)」とも表現する場合もあるそうです。その例文は付けない方が自然だったのではないか?とのこと。その文脈によって付いたり、付かなかったりする、そうです。

「Ⅲ-보다」について
「Ⅲ-보다」をつけないと、「断定して淡々と事実を述べるような感じ」で、「Ⅲ-보다」がつくと、「試しに何かをしてみるという、やわらかくて丁寧な感じ」がするようです。

→ここからが、私の考えです。
ということは、「忘れる」という動作は「意志動詞」あるいは「無意志動詞」でもあるので、TPOに応じて「Ⅲ-보다」が使われたり使われなかったりするということだと思います。

投稿: ミジ | 2006年10月 3日 (火曜日) 午後 01時07分

ミジさん、今晩は♪

これでようやくスッキリできました。
ありがとうございました。m(_ _)m

投稿: コン | 2006年10月 3日 (火曜日) 午後 05時40分

ミジさん、こんばんは。

非常に丁寧にまとめていただき、ありがとうございます。

1つ気になったのが、
「意志動詞というのは命令形を作れる動詞のこと」です。
無意思動詞でも命令形を作れます。ただ意味が無意志動詞だと“願望”になります。

投稿: ぱっきー | 2006年10月 3日 (火曜日) 午後 08時28分

ぱっきーさん、みなさん、こんにちは!

意志動詞の詳細を教わったのでお知らせ致します。

意志動詞は「하라 해라などの命令形,하자などの勧誘形,
하고 싶다など願望を表す形をとりうる動詞」のことだそうです。
例えば「雨が降る」の「ふる」は命令形は「ふれ」と作れますが,
「雨が降りたい」「雨を降ろう」などとは言えません、ということだそうです。

大変勉強になりました。みなさんに感謝感謝です。

投稿: ミジ | 2006年10月10日 (火曜日) 午後 12時57分

ミジさん、今日は♪

意志動詞の詳細を教えてくれてありがとうございます。m(_ _)m

投稿: コン | 2006年10月10日 (火曜日) 午後 04時52分

ミジさん、こんばんは。

うーん、なるほど。日本語と韓国語の意志動詞の使い方が違うってことですね。まぁ当然か。勉強になりました。ありがとうございます。

投稿: ぱっきー | 2006年10月10日 (火曜日) 午後 08時52分

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